厳しい暑さを実感するにつれて、気候変動を防ぐために自分も何かしたいと感じることが増えているのではないでしょうか。
でも同時に、自分に何ができるのだろう、という不安もきっとあるはず。グリーンピースのスタッフや専門家でなくても、特別な知識や経験を持っていなくても、誰にでも社会を変えるための一歩は踏み出せます。
そこからどんなことが達成できるのか、二人の子どもを育てるお母さんの経験についてお伝えします。

 「ゼロエミッションを実現する会」(以下、「ゼロエミ」と表記)は、CO2排出実質ゼロ=ゼロエミッションを目指す市民のコミュニティ。事務局をグリーンピース・ジャパンに置き、自分たちの住む地域からゼロエミッションを目指して、全国各地でたくさんの人が参加しています。

横浜市に住む梶本寛子さんも、そのひとり。「ゼロエミ」のさまざまな活動の中でも、学校の断熱化への取り組みに力を入れてきました。そして今年度、神奈川県内の8つの学校で、最上階の教室に断熱が実施されることになりました。ひとつの大きな前進です。

気候変動を防ぐために、社会の仕組みを変える

この決定まで、梶本さんは神奈川の県議会議員や横浜の市議会議員と面談を重ねるなどの活動を続けてきました。2021年に「ゼロエミ」に参加するまで、梶本さんは議員と面談することはもちろん、マーチや気候関連のイベントにも足を運んだことはありませんでした。

環境問題への関心が特別高かったわけでもなく、気候変動への意識が変わったのは、2018年のこと。

(C)Masaya Noda/Greenpeace

「出産のため、岡山の実家に里帰りをしているときに西日本豪雨があり、近くでも浸水被害が出たりして。そこで、ようやく気候変動が自分事になったんです」

それから梶本さんは、ゴミを減らしたり、コンポストを始めたりと、身近なところから取り組みを始めました。けれども次第に、「これで何か変わるのかな」という疑問が生まれ始めます。そこで、利用している生協から届くチラシで目にした生活クラブのイベントに参加します。そこで、「ゼロエミ」の横浜チーム「ゼロエミ横浜」によるセミナーで「システムチェンジ」という考え方に触れます。

セミナーのチラシ(部分)

「みんな、二酸化炭素を排出したくて出しているのではなく、構造的な問題があるから二酸化炭素が排出されて、気候変動が進んでいるわけですよね。だから、電気のスイッチを入れたら誰でも再生可能エネルギーが使えるように、社会の仕組みから変えればいい、つまりシステムチェンジすればいいというところに共感しました」

2021年、梶本さんは「ゼロエミ横浜」に参加し、少しずつ活動を進めていきます。

気になる問題は地元の議員へ。メールや電話で誰でも要望を伝えていい

ゼロエミッションをめざして、太陽光の導入や公共施設の断熱を地元の横浜市に求める活動を進めていた梶本さんですが、学校の教室に断熱を施すワークショップに参加したことをきっかけに、学校の断熱への関心が高まっていきます。

(C)ひとこまカメラ

「学校の断熱については、『ゼロエミ』の活動を通して見聞きしていましたが、子どもはまだ保育園でしたし、学校に行ったことがなくて、よくわかってなかったんです。ただ、子どもがもうすぐ就学する年齢だったので、とても気になったんですよね。そこで、断熱の専門家である竹内昌義先生主催のセミナーに参加したり、学校の断熱改修の実績報告について知ったりする中で、興味が高まってきました。そんなときに地元の小学校の最上階の教室に行く機会があったんですが、決して涼しいとは言えない環境で、身近な小学校でもこういう状況なんだと実感して。その後、埼玉の小学校の断熱改修ワークショップでさらに暑い教室を体験したら、これではダメでしょって思ったんです」

それから、「ゼロエミ横浜」の仲間と一緒に、「学校の断熱改修を、早急に進めてください」というオンライン署名を開始、去年8月、文部科学大臣に手渡しました(署名は現在も継続中)。その時点で集まった署名は、およそ26,000筆。けれども梶本さんは、具体的な施策の実現につながらなかったことを残念に感じていました。

(C)change.org

そこで、地元の県議会議員や市議会議員、自治体の職員へと働きかけを続けていきます。その活動の中で、自分が住んでいる選挙区の議員にメールをしたことから、議員への面談へとつながりました。地元の議員に対し、市民が問題や要望を訴えるのはごく当たり前のこと。まったく面識のない議員に、いきなりメールをしても全然かまわないのです。

「議員の方たちは、自分で調べられることには限りがあるので、どんな課題があるのか熱心に情報を吸い上げようとしてくれるんですね。そこで、学校の暑さが深刻であると感じてくれて、取り上げてくださることになりました」

それから面談を重ね、主な政党に昨年の9月、「学校の教室を断熱するための予算要望書」を提出しました。議会においても取り上げられた結果、神奈川県が8校での断熱工事を決定しました。

議員に会ったり、政党に要望書を出したり、なんだかとても難しそうと思われるかもしれません。けれども、梶本さんは「大変だったことは何もない」と笑顔で話します。「ゼロエミ」では、議員へのアポイントメントの取り方から教えてくれ、要望書の雛型も用意されています。そして、このような活動を経験してきた「ゼロエミ」の参加者が同席したり、相談にのってくれたりするので、誰でも活動をすることが可能になるのです。

声をあげれば社会は変えられる。これからも声をあげ続ける

順調に進んだようにも見える神奈川県の8校の断熱改修ですが、残念なのは、断熱材が薄かったこと。文部科学省発行の手引きでは、硬質ポリエチレンフォーム100mmと紹介されていますが、神奈川県で行われる工事では、ポリスチレンフォームなどの断熱材を使用し、厚さは25~50mmとなっているからです。

文部科学省発行「学校施設のZEB化の手引き」より

「最初から、必要な断熱材の厚さまで要望しておくべきだったと思うので、これからも声をあげ続けていこうと思います。教育委員会でも、議員や『ゼロエミ』の人から断熱についての問い合わせが増えたから、断熱工事を決定したとも聞きました。やっぱり声をあげると動くんですよね」

声をあげれば、社会は変えられる。その成功体験が、梶本さんをさらなる活動へと駆り立てています。とはいっても、仕事に家事に未就学児2人の子どもの育児と忙しい毎日を過ごしながら、その原動力はどこから生まれてくるのでしょう。

「自分が解決したい問題だからですよね。最初は、自分のため、でいいと思うんです。自分の子どもが小学校に入ったときに暑い教室だったらイヤですし、やっぱりそれは変えていきたいですよね」

気候変動というあまりに大きな問題でも、その影響は身近なところに生じ始めています。身近な問題に対し、自分の足もとから、できる範囲で取り組むことが、気候変動の解決への一歩を踏み出すことになります。知識や経験がまったくゼロでも大丈夫。誰でも参加できるノウハウが「ゼロエミ」には貯えられており、梶本さんのような経験を全国各地へ広げて、動く人が増えて環境が守られることこそが、「ゼロエミ」の目標です。

「メンバーとおしゃべりするのが楽しくて、「ゼロエミ」の定例会議に参加しています」と、満面の笑みで語る梶本さん。社会を変えるぞ、と肩に力を入れなくても、梶本さんのように楽しみながら気候変動に取り組むことはきっと誰にでもできるはずです。一人ひとりが成功を積み重ねていくことで、今以上の気候危機は回避できると考えています。