2021年に、政府は東京電力福島第一原発事故で発生し続けている放射能汚染水を、海に放出することを決定しました。東京電力や政府は、放射性核種除去設備で処理した水を「処理水」と呼んでいますが、この水にはまだ放射能が含まれており「処理水」と呼ぶことは誤解を招く可能性があります。そもそもなぜ放射能汚染水が発生するのでしょうか?私たちの健康への影響は?そして解決策はあるのでしょうか?

そもそもなぜ放射能汚染水が出るの?

東京電力は、福島第一原発の原子炉に毎日数百トンの水を入れています。この水は、事故で溶けた燃料棒や原子炉構造物が固まったデブリに含まれる放射性物質に触れ、高濃度の放射能汚染水になります。

また、山側から海側に流れている地下水が原子炉建屋に流れ込んでいます。地下水が原子炉建屋に流れ込んでしまうのは、原子炉建屋の位置が低いから。建設段階で、海水の汲み上げコスト削減のために、原子炉建屋の位置を海面近くまで掘り下げたためです。

そのために、原子炉建屋に流れ込む地下水も、放射能汚染水となります。

東電はこの放射能汚染水のリスクを下げるための処理をしています。

まず、セシウムとストロンチウムを分離、その後、放射能を分離することができる多核種除去設備(ALPS)で、トリチウム以外の62種類の放射能を分離することになっています。

政府は、ALPSで処理した水を、「処理水」と呼んでいます。トリチウムは取り除くことができずに含まれたままなので、「トリチウム水」と呼ばれることもあります。

汚染水の処理

「汚染水」ではなく「処理水」では?

しかし、政府が「処理水」と呼ぶこの水には、まだALPSで取り除くことのできないトリチウムと炭素14が残されています。

さらに2018年には、84%の「処理水」が、放射能除去の基準を満たしていないことがわかりました。ストロンチウム90、ヨウ素129などが基準値を上回っていました。

それにもかかわらず「処理水」と呼ぶことは、安全であるという誤解を招く可能性があり、「汚染水」と呼ぶ方が適切です。

ただし、ALPSで処理する前の放射能汚染水を区別するために、ALPS処理汚染水と呼ばれることもあります。

海側から見た、東電福島第一原発。左側にある水色や灰色のタンクが、放射能汚染水のタンク。

いずれにしろ、薄めれば問題ないのでは?

海洋放出するにあたって、放射能の量の上限は決められていません。つまり、薄めさえすればいくらでも放出できてしまいます。

しかし、いくら海水で薄めても、放出される放射能の量の総量は変わりません

さらに、東京電力福島第一原発事故の廃炉の見通しはついておらず、最終的にどれくらいの放射能汚染水が排出されることになるのか政府は把握していません

廃炉の目処が立っていない東京電力福島第一原発。

放出しても健康には影響がないのでは?

ALPSでは取り除けないトリチウムは、放つエネルギーは非常に低いものの、体内にいる間に遺伝子を傷つける可能性があります。

トリチウムの半減期は12.3年です。リスクが相当低くなるまでに100年以上かかります。

体内に取り込まれたトリチウムが半分になるまでには10日程度かかります。放つエネルギーは非常に低いものの、体内に存在する間に遺伝子を傷つけ続ける恐れがあります。また、体内で有機結合型トリチウムに変化すると体内にとどまる期間が長くなります。

トリチウムによる被ばく

炭素14もALPSでは取り除けていなかったことを東京電力が認めたのは2020年。事故後9年も経ってからです。

炭素14の半減期は5,730年です。環境中に放出されれば、炭素14は気の遠くなるような年月の間、周囲に影響を及ぼし続けます。

炭素は、人体を含むあらゆる有機物にさまざまな形で組みこまれています。そのため、炭素14は、いろいろな生きものの身体に取りこまれることで、放射線被ばくによって遺伝子を傷つける恐れがあります。

海洋放出ではないとしたら、解決策は何?

今ある最善の方法は、汚染水を陸上で長期保管して、放射能を除去する技術を適用することです。

陸上で保管するために十分なスペースがあることが明らかになっているうえ、カナダ、アメリカ、イギリスなどにはトリチウム分離施設が存在します。日本でもすでに実用化されているこれらの技術を参考に、より高精度な分離技術を開発することができるはずです。

その間にも、保管中の汚染水の線量も、自然に減っていきます。

より安全な方法を選ばない理由とは?

海洋放出は最も経済的に「安い」選択肢であるだけでなく、汚染水を保管するタンクがなくなることで、廃炉が順調に進んでいる、原発事故はもう終わった、というイメージをつくることに役立ちます。

実際には終わっていない原発事故を終わったように見せかけるのは、なんのためなのでしょうか。

海はゴミ箱じゃない

3代続く漁師の家に生まれ、物心がつくころから家業を手伝ってきた小野春雄さんは、放射能汚染水の海洋放出に反対の声を上げ続けています。

「10年たってやっと魚も戻りつつあるのに、トリチウムを流したら、いくら薄めても魚なんて誰が買うんだって。毒の魚を誰が食うんだって。じゃあなんで10年前に流さなかったの。流しちゃいけなかったからだろ」

なぜ、陸上で保管し自然と放射線量を下げながら、もっと高精度な除去技術を開発・適用するという、より安全な解決策が採用されないのでしょうか。

いったん海に放出された放射性物質は、決して回収できないのです。

放射能汚染水の意図的な海洋放出はおこなわないこと、そして放射能汚染水は陸上で長期保管し、トリチウム分離技術を開発適用することを求めて、声を上げませんか?