原発事故から12年。今年は福島にとって重要な年になります。原子力政策の大転換、汚染水の海洋放出、汚染土の再利用など、福島を取り巻く多くの課題が一気に動こうとしています。これまでグリーンピースの調査にご協力くださった方々を中心に、現在の状況を聞きました。原発事故を繰り返さないこと、事故の被害者を支え、エネルギー政策による被害者をこれ以上つくらないために、写真と共にお届けします。

認定NPO法人「いわき放射能市民測定室たらちね」は、福島第一原発事故による被ばくから子どもや人々の健康と暮らしを守るため、2011年11年に設立されました。食品、水、海水、魚貝類、土壌、人体などの放射能を測定します。主な測定核種はセシウム134、セシウム137、ストロンチウム90、トリチウム(自由水と組織結合水)などです。尿中セシウムの測定もおこなっています。「たらちね」とは万葉集の母の枕詞であり、生命の源を意味します。「たらちね」は、地域の母親たちが中心となって運営しています。現在16名のスタッフで、測定室、クリニック、甲状腺検診、保養、心のケアなどをおこなっています。

▼この記事を読むとわかること

>科学的なデータがものをいう
>汚染水の海洋放出
>放射線測定の重要性
>デブリ取り出しは本当にできるのか
>心も健康も科学する
>原発がいらない7つの理由
測定室を詳しく案内してくれたスタッフの水藤周三さん ©Ryohei Kataoka/Greenpeace

科学的なデータがものをいう

たらちねは、市民の立場のプロフェッショナルな測定室として、国や東京電力が測定を依頼する専門機関と同等の設備、測定技術、測定方法を確立してきました。 

セシウムなどガンマ線による測定核種はもちろん、高度な測定技術が要求されるストロンチウム90やトリチウムなどのベータ線による測定核種も測っています。

トリチウムについては、昨年ALOKAの液体シンチレーション測定器を導入したことで、公定法と同等の測定環境が揃いました。

液体の水の中に存在するトリチウムのほかに、生体内に存在する有機結合型トリチウムを測定する機材も整えました。

すべて国・東京電力と同じ方法・機材で測定をおこなうことが可能となり、より一層データの信頼性が高まりました。

「福島第一原発の処理汚染水の放出については、私たちの測定している科学的データが、必要になる時が来るかもしれません。不幸なことですが、抑止力になるように市民の立場から示していかなければいけません」

たらちね代表の鈴木薫さんは、測定の意義を語ります。

「たらちね」のデータが、必要なときに役に立つために、国や東電が出すデータと同等のトレーサビリティを備える必要があるのです。

環境水(海水、雨水、河川水、湖水、水道水など)に含まれる放射性物質の精密測定をおこなっている ©Ryohei Kataoka/Greenpeace
環境水(海水、雨水、河川水、湖水、水道水など)に含まれる放射性物質の精密測定をおこなっている ©Ryohei Kataoka/Greenpeace

汚染水の海洋放出

海洋放出が予定されている福島第一原発の汚染水(処理水)について、鈴木さんは厳しく指摘します。

「国や東京電力はトリチウムのことばかり言いますが、実際にはトリチウムと放射性炭素を含めて64核種が確認されています。そういうことはあまり知らされないですよね」 

たらちねでは定期的に海洋調査を実施し、採取した魚貝類の測定・分析もおこなってきました。

たらちねは福島第一原発の近海4ヵ所で海底と表層から海水を採取し、沿岸8ヵ所でも海水採取をおこなって分析しています。

2020年に導入したトリチウム電解濃縮装置の電解槽。「文部科学省 トリチウム分析法」の電解濃縮法で使用されるものと同じ機器 ©Ryohei Kataoka/Greenpeace
2020年に導入したトリチウム電解濃縮装置の電解槽。「文部科学省 トリチウム分析法」の電解濃縮法で使用されるものと同じ機器 ©Ryohei Kataoka/Greenpeace

放射線測定の重要性

「干支は12年で一回り、12年という歳月にも意味があるのかなあ、と思います」

鈴木さんは最近、避難している方の気持ちが少しずつ変わってきたように感じるといいます。

この1年で、大熊町から避難しているお母さんたちが、自分たちの置かれている環境の放射線量の測定をするようになったのです。

鈴木さんは疑問を投げかけました。

「子どもを20ミリシーベルトの基準で管理された地域に住まわせていいのでしょうか。年間20ミリシーベルトは、緊急時の基準値です」

お母さんたちは、20ミリシーベルトの地域で生活することの心身への影響についてあらためて考えるようになりました。

学校から1km以内に、毎時5~6マイクロシーベルトの場所もあります。

こうした疑問に対して、自分たちで測定することの重要性を認識するようになったといいます。

野菜、山菜、きのこ、ジビエ、市販品まで食品の測定をおこない、データを毎月公表している ©Ryohei Kataoka/Greenpeace
野菜、山菜、きのこ、ジビエ、市販品まで食品の測定をおこない、データを毎月公表している ©Ryohei Kataoka/Greenpeace

たらちねの活動で初めて測定機材に触れた避難者の方もいます。

ホットスポットファインダーで測定結果をライブで見せると、「わーっ」という驚きの声が上がりました。

放射能汚染が原因で避難をしたので、汚染について自分たちで確認するのは重要なことです。

避難指示が一部で解除され、帰還した住民が暮らし始めた地域がどうなっているのか、放射線量を測定しながらいろいろな話をしました。

「今の大熊町の姿は、自分たちが生まれ育った大熊町とは違う」

と違和感を覚えながらも、お母さんたちが現実と向き合うようになったことが印象的だったといいます。

帰還する人と戻らない人のあいだで、12年前と同じ、静かな心の分断が起き始めています。

今後も、同じ被災者同士、一緒に考えていきたいと鈴木さんは考えています。

水中セシウムを濃縮して分析するリンモリブデン酸アンモニウム法で、水分を蒸発中のサンプル。数ミリベクレル(mBq)の極微量な放射性物質を検出できる 
©Ryohei Kataoka/Greenpeace
水中セシウムを濃縮して分析するリンモリブデン酸アンモニウム法で、水分を蒸発中のサンプル。数ミリベクレル(mBq)の極微量な放射性物質を検出できる ©Ryohei Kataoka/Greenpeace

デブリ取り出しは本当にできるのか

原発事故当時はまだ幼かった、現在の大学生、大学院生が、たらちねの見学や調査に訪れています。

「彼らには、原発事故で苦しい思いや辛い思いをしているのは、一人の人間だということをわかってほしいです」と鈴木さんは願っています。

簡単にデブリを取り出すといいますが、デブリ取り出しは本当にできるのか、いったい誰がやるのでしょうか。

その作業をするのは、いまの子どもたち。

「どうしてもデブリを取り出さなければいけないのでしょうか」

原発の収束作業には、被ばくを伴う作業がたくさんあります。

廃炉作業の方針に疑問を投げかけます。

鈴木薫さんが手にする「たらちねこどもドックてちょう」©Ryohei Kataoka/Greenpeace
鈴木薫さんが手にする「たらちねこどもドックてちょう」©Ryohei Kataoka/Greenpeace

心も健康も科学する

「子どもの未来が明るくなるような社会をつくってほしいと思います」

鈴木さんは、女性や個人が本来の力を発揮できる社会になってほしいと願っています。

社会的弱者が自分を大切にする文化を根付かせたいといいます。

一方的な安全教育ではなく、心も健康も科学的な裏付けを大事にしたいと考えています。

たらちねクリニックでは、子どもドックと大人ドックの受診を勧めています。

子どもドックは、震災当時18歳以下の人が対象で、甲状腺検査、血液検査、尿測定、ホールボディカウンターなどを年1回おこないます。

子どもドック手帳に結果を記入し、成長の記録として、将来その子自身に手帳を渡します。

手帳の最初のページには、次のように記されています。

「この手帳は、単なる健康記録ではありません。」

福島の子どもが結婚する際に難色を示される場合があります。そのときに「子どもドックてちょう」で自分の健康を証明してほしいと考えています。

大人ドックは、双葉群で仕事している人(作業員、警備員、従業員など)が無料で検診を受けられる仕組みです。

–取材を終えて
「不安の払拭はその正体を追い詰め正しく識知(※筆者注:知ること、認めること)することから始まります。事実を見つめることなく曖昧で不信実なことばで取り繕うことは(中略)、もはや前時代のものでしかありません」。たらちねの設立趣意書に記された一文が表しているように、事実を隠蔽するのではなく明らかにすることが、放射能への不安を取り除く最も確かな方法です。政府が強調する風評被害は、政府や東京電力の情報が信用できないことに起因しています。市民の手で、確かな情報を発信する重要性を強く感じました。

原発がいらない7つの理由

理由4:原発事故の危険性
原発は通常運転でも放射性物質を少しずつ外に出していますが、大規模な事故で大量に放出してしまう危険性が常にあります。地震や津波の多い日本では尚更です。加えて人為的なミスも含め、いつ次の大事故が起こるかわかりません。また、2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻では、チョルノービリ(チェルノブイリ)原発や、ヨーロッパで最大規模のザポリージャ原発が軍事攻撃の標的となりました。もし原発内の施設が攻撃によって破壊されて放射性物質が漏洩したら、東京電力福島第一原発事故以上の被害を及ぼす可能性があります。また、ウクライナ侵攻ではロシアがウクライナの原発に対するサイバー攻撃をおこないました。世界の原発でサイバー攻撃の危険性があります。原発の40年超運転について、政府や原子力規制委員会は「世界一厳しい規制基準」といいますが、基準や審査は万全とはいい難く、審査をすれば安全性を担保できるとは考えられません。


(理由1〜7を他のインタビューで紹介しています)

(文・写真 片岡遼平)

【プロフィール】 片岡 遼平

幼少期から人権問題をはじめ社会活動に参加。高校から社会人まで生命科学の研究(染色体・遺伝子)に従事しました。2011年3月、東日本大震災直後から岩手・宮城・福島の支援活動を続け、その後も各地で発生する災害等の支援活動をしています。また、フォトジャーナリストとして、新聞・雑誌等への執筆や講演もおこなっています。2022年からグリーンピースジャパンでエネルギー・原発問題を中心に担当。多岐の課題に取り組んでいます。

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