「えすぺり」の大河原伸さん多津子さん夫妻
©Ryohei Kataoka/Greenpeace

原発事故から12年。今年は福島にとって重要な年になります。原子力政策の大転換、汚染水の海洋放出、汚染土の再利用など、福島を取り巻く多くの課題が一気に動こうとしています。これまでグリーンピースの調査にご協力くださった方々を中心に、現在の状況を聞きました。原発事故を繰り返さないこと、事故の被害者を支え、エネルギー政策による被害者をこれ以上つくらないために、写真と共にお届けします。

エスペラント語で「希望」を意味する「えすぺり」。大河原伸さん・多津子さん夫妻が三春町で経営する、野菜、果物、パンなどを売る直売所とカフェです。夫妻は、田村市船引町で有機農業を営みながら、原発事故後の2013年にえすぺりをオープンしました。2016年には、グリーンピースとの共同プロジェクト「ソラライズふくしま」として、えすぺりの屋根に40枚の太陽光パネルを設置し、「えすぺりソーラー発電所」を開設。年間約10,000kWhを発電しています。

▼この記事を読むとわかること

>山が放射性物質をさえぎってくれた
>農業はこれで終わりとあきらめかけた
>原発事故を伝えたい
>えすぺりソーラー発電所
>原発がいらない7つの理由

山が放射性物質をさえぎってくれた

大河原さんの自宅と農地は、東京電力福島第一原発から西に直線距離で40キロメートルに位置する、田村市船引町にあります。原発事故直後の2011年4月、グリーンピースの放射能汚染調査がおこなわれ、農地や農作物の放射線量が測定されました。

その結果、「放射線量はさほど高くないため、おそらく農耕可能なレベルです」と調査チームに告げられました。

放射性物質は阿武隈山地の山に遮られて、大河原さんの自宅や農地の周辺は汚染が少なかったと考えられます。

大河原さんが耕作している田んぼ。左手奥の山(大滝根山)の約40キロメートル先に福島第一原発がある
大河原さんが耕作している田んぼ。
左手奥の山(大滝根山)の約40キロメートル先に福島第一原発がある(2023年1月)
©Ryohei Kataoka/Greenpeace

長年チェルノービリ(チェルノブイリ)などの放射線量調査の経験が豊富なグリーンピースは、国や県よりも信頼できると感じた大河原さん。

その言葉を信じて、あきらめることなく有機農業を続けてきました。

くきたち菜の畑
くきたち菜の収穫は4月頃。
零下の厳しい寒さとなる阿武隈地方では、冬場は限られた野菜しか生産できない(2023年1月)
©Ryohei Kataoka/Greenpeace

農業はこれで終わりとあきらめかけた

この12年間を振り返って話を聞きました。

「実際にここには放射能が降っていて、野菜にも放射能が出ていた。有機農業が今まで通りできなくなったことがショックでした」(伸さん)

原発事故前のお客さんとの信頼関係が崩れてしまいました。
福島の農業はこれで終わりだと、仲間の農家はあきらめていました。

原発事故前は、郡山市内を中心に直接農産物を届けていましたが、お客さんの3分の2が離れてしまったため、販路を一から作り直さなければなりませんでした。

グリーンピースが放射線量を計測してから、意外と低いので野菜を作ってもいいんだと思えたことが救いになったとお二人は話します。

2011年10月に市民放射能測定所を立ち上げ農産物を測定。えすぺりに設置された測定器などでも、実際に収穫した農産物や加工品の放射線量をすべて自分たちで測定し、数値を公表して販売してきました。
正確な情報が信頼を回復すると考えました。

麦畑の放射線量を測る男性
麦畑の放射線量は、東京と同じ毎時0.04マイクロシーベルトを示している。
小麦の収穫は6月頃(2023年1月)
©Ryohei Kataoka/Greenpeace

2013年7月に「えすぺり」を立ち上げ、新しく全国にお客さんを広げる努力をして、7~8年かけてようやく北海道から沖縄まで200人ほどに会員が増えました。

生産者の農産物をまとめ、10種類ほどの野菜とパンなどを入れて月に一度発送しています。
原発事故後、新たなお客さんのつながりや仲間ができたことは嬉しいといいます。

原発事故の影響によって廃業せざるを得ない農家を増やさないためにも、少しでも地域の農家の支えになればと考えています。

しかし、ここに至るまでの苦労は相当なものでした。

「2011年の原発事故直後の混乱、そして2013年に店を建てた時が特に大変でした。大きな借金を背負い、ド素人からスタートして、大きな宿題を投げかけられました。大手のスーパーがあるのでお客さんは少なく、経営は苦しかったです」(多津子さん)

地域の生産者の農産物や、工夫を凝らした加工品などを販売している「えすぺり」
地域の生産者の農産物や、工夫を凝らした加工品などを販売している(2023年1月)
©Ryohei Kataoka/Greenpeace

原発事故を伝えたい

「福島原発事故で何があったか、若い世代に伝えていかないといけない。また原発事故が起こる可能性があります。一人でも多くの人に訴えていきたいです」(伸さん)

大河原さん夫妻は35年以上、「赤いトマト」という人形劇団の上演活動をお二人で続けてきました。
原発事故後は、原発問題をテーマに「人形劇三部作」を作りました。
原発が作られた背景、原発事故、再生可能エネルギーで暮らす未来を描いています。

第一部に登場する「パツー」は原発(ゲンパツ)をもじったキャラクター。初演時の2012年は原発が全基停止していましたが、今は再稼働して状況が違っています。

第二部は、原発事故によって生活の糧やプライドを失った、シイタケ農家の実話に基づく「太郎と花子のものがたり」。誰にでも起こり得る原発事故の悲しみを伝えています。

第三部の「ソラライズ」は、グリーンピースが名付けたキャラクターで、再生可能エネルギーを作る物語です。

「言葉よりわかりやすく、原発事故がどういうものか伝えたいです。今年の目標は、英語版をYouTubeにアップして見てもらうことです」(多津子さん)

小中学生から見てもらえるように作りましたが、大学生に見てもらうことが多いといいます。

平飼いのニワトリ
平飼いのニワトリ(2023年1月) ©Ryohei Kataoka/Greenpeace
毎日生まれる新鮮な卵を販売している「えすぺり」
毎日生まれる新鮮な卵を販売している(2023年1月) ©Ryohei Kataoka/Greenpeace

大河原さん夫妻は、新たな原発を建設するお金を再生可能エネルギーに使ってほしいといいます。

「一度事故が起きたら、前に戻すのは不可能です。誰もが自分のところは大丈夫だと思うけど、それは違う。原発事故はあなたのところでも起こり得ることです。私たちの生活は守られませんでした。原発は、何もかも破壊する可能性をはらんでいます。原発を持つことに対して、そういう自覚を持つ必要があります」(多津子さん)

えすぺりソーラー発電所

市民発電所として発足した「えすぺりソーラー発電所」は、太陽光発電による電力だけで、えすぺり店内の電気をほぼまかなっています。

「食料と電力のいずれも自給自足に近い形で生活したい。こういう暮らしを示す必要があると思います」(伸さん)

えすぺりの屋根に設置された40枚の太陽光パネル
えすぺりの屋根に設置された40枚の太陽光パネルは、7年後も順調に発電を続けている(2023年1月)
©Ryohei Kataoka/Greenpeace
えすぺりソーラー発電所の看板
えすぺりソーラー発電所の看板(2023年1月) ©Ryohei Kataoka/Greenpeace

ロシアによるウクライナ侵攻は、ショックが大きかったといいます。

「反戦の人形劇を2021年から上演し始めたところでしたが、2022年に戦争が始まったことがショックでした。さらに政府の原発推進政策の転換が決定されて、涙が出ました」(多津子さん)

ランチメニューの野菜カレーセット
この日のランチメニューは野菜カレーセット。すべて地元の農産物を使っている(2023年1月)
©Ryohei Kataoka/Greenpeace

–取材を終えて
大河原さん夫妻と家族が、えすぺりを通じて築き上げてきた12年間が、政府の原発推進政策によって崩されようとしているように感じました。休日にはランチを目当てに多くのお客さんが来店し、取材の日も常連のお客さんが頻繁に訪れていました。やっと原発事故から回復しつつあり、軌道に乗り始めた最中に、コロナでお店は大きな打撃を受けました。そのコロナ禍を乗り越えたと思ったら、こんどは汚染水の海洋放出が始まろうとしています。これ以上、福島の生産者や人々を苦しめないために、原発はやめて汚染水の海洋放出も中止するべきだと強く感じました。

原発がいらない7つの理由

理由2:原発は温暖化対策にはならない
原発は建設期間が長いことが特徴です。2011年の政府資料によれば、原発は計画から稼働まで20年であるのに対して、太陽光や風カの計画は1~5年程度とされています。原発の導入に要する時間が長ければ、その間はCO2排出量の多い既存の発電所が発電し、結果的にCO2の累積排出量は増えます。原子力は、お金、人、政治など、多くのリソースを使います。その分、地球温暖化の抜本的対策である自然エネルギー導入や省エネ推進が遅れてしまいます。再生可能エネルギーの導入とともに、余剰な電気を、揚水発電、蓄電池、持続可能な再生可能エネルギーで作られた水素などで効率よく利用することが重要です。原子力は発電時のロスが大きく、発生した熱の約6割が温排水として海に捨てられます。原子力は発電方法として無駄が多く、省エネルギーに逆行する存在なのです。
(理由1〜7を他のインタビューで紹介しています)

(文・写真 片岡遼平)

【プロフィール】 片岡 遼平

幼少期から人権問題をはじめ社会活動に参加。高校から社会人まで生命科学の研究(染色体・遺伝子)に従事しました。2011年3月、東日本大震災直後から岩手・宮城・福島の支援活動を続け、その後も各地で発生する災害等の支援活動をしています。また、フォトジャーナリストとして、新聞・雑誌等への執筆や講演もおこなっています。2022年からグリーンピースジャパンでエネルギー・原発問題を中心に担当。多岐の課題に取り組んでいます。

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