異常気象や乱開発で世界中の森林が危機に瀕しているいま、日本でも各地で里山や緑地や並木、街路樹など、市民の憩いの場であり野生動物のすみかにもなっている樹木の伐採計画が進んでいます。グリーンピースでもしばしば「こんな計画を中止させるにはどうしたらいいのか」といったお問い合わせをいただいています。
この問題について気候学者の三上岳彦さんにお話しいただくウェビナー「神宮外苑1000本の樹木を切らないで~都市の樹木の役割を気候変動の観点から考える」を開催しました*。この記事では、三上さんの解説の要点をまとめました。

東京都港区の神宮外苑には、樹齢100年をこえるものも含め1,000本以上の街路樹が植えられています。
ところがこの地域の再開発のため、これらの木々が伐採・移植される計画がもちあがりました。
豊かに生い茂る樹木が、四季折々に街を彩る景観をたいせつにしてきた人々から計画に反対する声が寄せられ、すでに10万人以上の署名が集まっています。

そこでグリーンピースは、夏の神宮外苑での樹木の気温への影響を調査(調査報告書)。

都市の樹木が気候変動対策に担う役割を研究してこられた気候学者の三上岳彦さんに、より専門的に集められたデータに基づく見解を解説していただきました。(録画はこちら


東京の温暖化は地球平均の2倍進んでいる

東京の温暖化は地球平均の2倍進んでいる

このグラフは各地の平均気温の過去140年余の変遷を表したものです。国際社会では、地球の平均気温の上昇幅を1.5℃以内に抑えようとしていますが、過去100年でみると上昇幅は0.8〜1℃ぐらい、1970年以降の過去50年間でみると上がり方が大きくなって、割合に換算して約2℃上がっています。

東京はもっと上がり方が大きくて3.9℃くらい、地球の平均気温の2倍の速度で東京の平均気温は上がっています。

一方、他の都市を見てみますと、たとえばニューヨークは地球の平均気温とほぼ同じ速度。北京は60年代ぐらいまであまり変化がなかったんですが、1970年代以降の50年間で3.9℃上がっていて、東京と同じくらいの上昇速度です。

いつ、どこで、なぜ暑くなるか

2010年の7月と8月の東京近辺の温度の分布

この図は2010年の7月と8月の東京近辺の温度の分布を表したものです。左が明け方の午前5時。都心部がいちばん高くなっていて、周辺にいくほど低くなっています。こういう現象をヒートアイランド現象といっています。

ところが右の午後2時ごろになると、温度の分布が変化しています。都心部よりも東京の北部〜埼玉県のあたりが高くなって、湾岸地帯は相対的に低くなります。これは海風の影響ですが、高層ビル群などの遮蔽物や熱の塊に遮られて、涼しい風は内陸まで届きません。

ヒートアイランドはなぜ起こるのか。都市の中心部の気温が高くなるのは、地球温暖化とはメカニズムが違います。

  1. 人工排熱

空調や電気機器や自動車から排出される熱のことです。東京では年間平均日射量の20%もの熱が人工排熱として気温上昇に影響を与えています。

  1. 地表の人工化による熱収支の変化

都市の地表はコンクリートやアスファルトで覆われていて、これが日中に太陽熱を蓄熱します。夏の昼間のアスファルトの表面は50〜60℃にもなります。それが夜間に放出されて熱帯夜になります。

  1. 自然の空間の減少

樹木など植物の葉の表面から水分が蒸発する蒸散による気化熱が減り、夏の気温上昇を抑えてくれるものが減少します。

樹木がヒートアイランドを緩和する

東京の代々木公園や新宿御苑近辺の空撮画像と、その地域の気温・表面温度を図にしたもの

これは東京の代々木公園や新宿御苑近辺の空撮画像と、その地域の気温・表面温度を図にしたものです。端が切れていますが、右端の真ん中辺りの小さく緑色に見えるのが神宮外苑です。

こうしてみると、緑地の表面温度と、それ以外の場所の表面温度に約10℃ほどの開きがあります。気温も3℃ぐらい違います。相対的に、緑地の中は気温が低いということがわかります。

新宿御苑の気温マップ

新宿御苑ではもっと詳しい調査をしました。

左の図のようにたくさんの地点で同時に気温を測って比較しました。するとやはり緑地の中は周辺より最大で2.7℃も気温が低かったのですが、それだけでなく、周辺100〜200m前後の地点の気温も低いんです。緑地内の涼しい空気が、周りの気温も下げていることがわかります。これを公園風と呼んでいます。

まちの空気の熱を下げる「公園風」

皇居周辺の空気循環

この図は皇居周辺ですが、公園風が緑地の中だけでなく、周辺の空気の循環を起こしていることがわかりました。

夜間は緑地の涼しく重い空気が周辺に流れ出してあたたかい空気の上昇気流をつくり、それがまた緑地内部に取り込まれて冷やされて流れ出ていく。昼間は海風によって緑地の冷たい空気が300mほど流れ出ていることがわかっています。

神宮外苑
神宮外苑(三上さん撮影)

神宮外苑は新宿御苑のような大きな緑地ではありませんが、背の高い樹木がたくさんあります。写真でもわかるように木陰ができています。表面温度は日向と日陰で20℃も異なるんです。

ポイントは「樹冠の厚み」

樹冠の厚みと気温

さらに、背が高くて樹冠が厚い=葉が多い樹木は、ヒートアイランド現象緩和に効果的ということが実証されています。

上のグラフは縦軸が表面温度、横軸が木の高さを表しています。木の高さが高くて葉が多いほど表面温度が下がっていることがわかります。日陰の効果もありますが葉の面積が広くなるので、そこからの水分の蒸発量が増えて、気化熱で地表の温度も下がります。公園のようにたくさん樹木がなくても、葉の多い大きな樹木があれば、地表の温度を下げる効果があります。

神宮外苑の再開発ではこうした樹木を伐採するわけですから、そうなれば当然周辺の地表温度は上がることになります。葉の多い大きな木になるには非常に時間がかかります。ですから、いま植っている木を伐った分の若木を新たに植えたところで、すぐに同じような効果が得られるわけではありません。

並木も都市の気温を下げている

東京の代々木公園や新宿御苑近辺の空撮画像と、その地域の気温・表面温度を図にしたもの

並木のケースも見ていきましょう。

上の右の図に、東京都渋谷区原宿・表参道の900m続くケヤキ並木が緑色に写っています。この並木も背の高い大きな木ばかりです。

効果的にヒートアイランド現象を緩和していることがわかります。

東京都渋谷区原宿・表参道の900m続くケヤキ並木
撮影:Kakidai(Wikipediaより)
東京都府中市のケヤキ並木

これは東京都府中市のケヤキ並木の調査結果ですが、並木から離れた市街地では36℃ありますが、並木に近づくにつれて気温が低くなり、並木の温度は34.7℃です。並木があることによって、だいたい1℃くらい、周辺の温度が下がっていることがわかります。

まとめ

  • 東京の気温は地球温暖化の約2倍の速度で上昇を続けている。夏の気温上昇に伴い、熱中症の患者数が増加し続けており、日中屋外での⾏動に注意が必要である。
  • 2014年末に皇居の緑地内に移転した東京の気温は、年平均で約1℃低下した。このことから、樹林に囲まれたエリアでは、⽇射の遮蔽と葉の蒸散効果で気温が低下し、ヒートアイランドが緩和されることを実証している。
  • 東京都内には、明治神宮、代々⽊公園、新宿御苑など50ヘクタールを越える⼤規模緑地が散在し、緑地内の冷気が流出して周辺市街地のヒートアイランドを緩和する効果がある(公園風)。
  • 公園緑地のように樹⽊が密⽣していなくても、街路樹など、連続した樹⽊帯はクールゾーンを形成し、樹冠による⽇射の遮蔽でできる⽇陰と葉⾯からの蒸散効果によって周囲の気温上昇を抑制し、ヒートアイランドを緩和する効果がある。
  • 神宮外苑地区の樹⽊は⾼⽊で樹冠密度も⾼く、⽇陰形成と蒸散効果で周辺エリアのヒートアイランドを軽減して、歩⾏者や屋外で仕事をする都⺠を熱中症の危険から守る重要な役割を果たしている。したがって、再開発による樹⽊の伐採やコンクリート建造物建設による環境改変は、都⺠の健康を害するだけでなく、精神的な癒やしを奪う恐れが多⼤であり、計画の中⽌ないしは⼤幅⾒直しが望ましい。

樹木

気候変動に適応するための緑をまもる

夏の気温が高くなるにつれ、毎年のように、熱中症で緊急搬送される人が増えています。

気候変動でより過酷になっていく猛暑に適応することで、環境や人の健康をまもるためにも、都市の夏の暑さを緩和してくれる緑を取り除いてしまうという判断には、慎重な議論が必要です。

何より、伐った木の代わりに新しい木を植えても、背の高い大きな木のような効果が望めるようになるには長い年月がかかります。

いったん伐ったら、その木は2度と戻ってはこないのです。

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