日本の食と農の政策が、ポジティブな方向に動き出しています。農林水産省は今年の3月に、2050年までに有機農業の農地を全体の25%に増やす目標を含む、新たな農業戦略(「みどりの食料システム戦略」)を発表しました [1]。
目標を実現するための課題や、有機農業を広めるにあたって私たち一人ひとりにできることについて、専門家の印鑰智哉(いんやく・ともや)さんに、お話を伺いました。

「みどりの食料システム戦略(以下、「みどりの戦略」)」とはなんですか?

農水省が発表した、2050年までに、下記のような目標を達成するという農業戦略です。

  • 有機農業を全体の農地の25%(100万ヘクタール)に拡大する
  • 化学農薬の使用量(リスク換算)を50%減らす
  • 輸入原料や化石燃料を原料とした、化学肥料の使用量を30%減らす

なぜ新たな戦略がつくられたのでしょうか?

「みどりの戦略」が始まった理由の一つには、有機農産物でないと海外向けには売れないという問題があると私は考えています。

農林水産省は、農産物輸出を政策の軸にしていますが、日本の農産物を輸出しようと思っても、農薬を使いすぎているので売れないという事態が発生しています。世界では、過去20年間に有機農業が大きく成長しました。
いま一番大きなオーガニック市場は米国で、コロナの影響もあり、1年で市場が14%増えました [2]。先進国だけで広がっているということでは必ずしもなく、ブラジル、インド、中国などでも急速に広がっています。中国は、農地面積でいうと世界3位にまできています [3]。

中国南部で生態系農業を営む農家

ところが、日本は有機農業の面積は、世界の98位 [3]。日本は有機農業のパイオニアであり、福岡正信さんといった先駆者は有機農業の世界でよく知られています。草や虫の多い温暖多湿気候条件が原因で、日本では有機農業が広まらないのだという説もありますが、タイやフィリピン、インドなど熱帯地域でも進んでおり、日本の現状は政策的な失敗と言わざるを得ません。

この戦略が急ピッチで進められた背景には、米バイデン政権の成立もあると思います。米国では有機市場が年々急拡大しているのですが、トランプ政権の下ではその発展に冷淡でした。しかし、民主党左派はグリーン・ニューディール政策を提案し、気候変動を引き起こさない産業構造への転換を政府の大規模な支援で行う政策を打ち出しました。このグリーン・ニューディールの提案は世界各国に影響を与えており、EUでも欧州版グリーンディール政策ができあがっています。

EUでは別途農場から食卓戦略(Farm to Fork Strategy)を立てており、やはり有機農業が中心となっていく政策です。日本はこれまで農薬を続々と規制緩和させる逆向きの政策を続けてきたわけですが、このような状況の中で、さすがにこのままでは完全に世界から取り残されるという危機感を感じたのではないでしょうか。

それにも関わりますが、菅内閣は2050年カーボンニュートラルを掲げました。その実現のためにはあらゆる分野でカーボンを減らすことが不可欠となります。有機農業は、二酸化炭素を地中に取り込む上で有効であることがすでに世界的にも認められており、カーボンニュートラル政策を進めようとすれば否が応でも、有機農業も広める必要が出てきます。
2015年に開催された気候変動条約のCOP21で、フランス政府が提案した「4パーミルイニシアティブ」という取り組みがあります [4]。土を蘇らせるような農業により、土壌にいる微生物を保護することで有機物を増やして地中の炭素貯留力を高め、気候変動対策をするという試みがすでに世界で進みつつあります。

新しい戦略の目標は、妥当でしょうか?

現在日本では、有機は全体の農地の0.5%なので、30年で50倍まで増やすという野心的な目標が設定されました。農水省がこうした目標を示したことは、とても重要なことだと思います。

しかし、農薬を2050年までに50%削減するという目標は、低すぎる、遅すぎる、と言わざるを得ません。

「化学農薬の使用量(リスク換算)を50%減らす」という目標は、実は量を減らすということではないのです。リスク換算では、ネオニコチノイド系農薬のように危険な農薬を50%減らせばいいと言う意味で、「安全な」農薬を新たに作り、危険な農薬から変えれば、量が増えても構わないことになります。

これまでの危険とされるネオニコ系やグリホサートの代わりとなる、RNA農薬の開発が懸念されるわけです。これは一言で、遺伝子組み換え農薬と言えると思います。自然界に撒くと虫の細胞に働きかけて、虫の体の中でタンパク質の生成を変え、死なせるという仕組みです。推進している側は、同RNAはもろく、撒いたあとは勝手に消滅するので安全で問題ないとしています。

しかし、撒かれるRNAは遺伝子に作用する可能性もあり、狙った虫だけでなく他の生きものへの影響も考えられ、生態系へのリスクはこれまでの化学農薬以上に考えられます。でもこのRNA農薬は、「みどりの戦略」では低リスクであるとして戦略の柱にされているのです。

化学農薬を使わなくても農業はできるということが世界的に実証されているのに、同戦略は、化学的な農薬や肥料を「別のものに変える」ための政策になってしまっています。農薬や肥料を売りたい農薬会社の影響が伺えます。

また、気候変動対策の視点からも、目標は不十分です。

化学肥料の有効成分は、チッ素・リン酸・カリウムです。

チッ素は、爆弾の原料でもあり、ベイルートで爆発事故がありましたが、その原因となった硝酸アンモニウムは化学肥料を作るのに使われています。天然ガスを燃やして空気中のチッ素を取り込む化学変化を起こして合成していますが、この工程には莫大なエネルギーが必要です。使えば使うほど、気候変動を引き起こしているので、削減することは不可欠です。化学肥料30%減という目標は低すぎます。

さらに、日本はリンを100%輸入に頼っています。リンは鉱山から掘り出しているのですが、世界ではもう、あまり資源が残っていません。輸入の化石原料に2050年でも頼れると考えるのは楽観的過ぎると思います。

もう1つ、「みどりの戦略」で問題なのはRNA農薬もそうですが、「みどり」とは言いがたいものが大きな柱になっていることです。それがゲノム編集だと言えるでしょう。

現在のゲノム編集は、特定の遺伝子を破壊することで生物のバランスを壊して新品種を作るという遺伝子操作技術であり、EUやニュージーランドは、従来の遺伝子組み換え技術の新しいバージョンとして規制する方針を立てています。しかし、日本政府は、この遺伝子操作技術を「みどりの戦略」の中で強化しようとしているのです。

ゲノム編集もRNA農薬と同様、生態系に破壊的な影響を与える可能性があるだけでなく、少数の遺伝子組み換え企業による種子の独占を作り出し、有機農業の発展を困難にする可能性が高いだけに、同戦略は大きな矛盾をはらんでいます。

改めて、有機農業がどうして必要なのでしょうか?

有機農業は、いまの世の中の様々な問題を解決してくれる鍵になります。

まず、私たちの健康にとって良い。アレルギーをもつ子どもたちは過去20から30年で増えていますが、有機で作られた古い品種のものを食べると、症状が治っていくことがあります。古代小麦(スペルト小麦)は小麦アレルギーを避けるために選ばれていますし、北海道で作られているお米の品種「ゆきひかり」を食べた子どもたちのアトピーが治っていくことも北大の研究で示されています。

また、気候変動や地球上の生物が絶滅し始め、急速に生物の多様性が失われていますが、有機農業によってそうした流れを抑えられる可能性があります。

そして、土を蘇らせることができるということ。アメリカでは化学肥料を大量に使う農業を展開したところ、地中の微生物が不活性になって土がぼろぼろになり、土壌浸食が深刻になっています。土が半分なくなったという地域も報告されています。そこで、リジェネラティブ農業といった土壌を守るための農業が急速に増えています。

干ばつの影響を受けたアメリカの大豆農地

日本で有機農業を広めていくためには、どうしたらいのでしょうか?

「みどりの戦略」では、市場原理で有機を増やすとしています。そして、そのために消費者の意識改革が必要だとしていますが、それだけでは伸びていきません。すでに、有機の農産物を食べたいという人は多くいますし、日本各地で学校給食を有機にしてくださいと動く保護者が増えています。有機の農産物を買いたくても売っていない、あったとしても、値段が高くて買えないという状況です。

その理由には、いま作る人が少ない上に、有機農家の所得を賄う補助金が少ないので、生計を立てるために農家は値段に転嫁しなければならない状況があります。

そのため、地方自治体などが有機農産物を買い上げる公共調達に力を入れることが重要で、国はそれを支援するべきです。自治体が買うことによって販売先が確保できれば、有機農業をやる農家が増えます。すると、有機農産物の値段が安くなり、より多くの人が買い求めやすくなります。フランス、スウェーデンや韓国などでは、地域の有機農家から学校給食の食材を自治体が買い上げる政策が進んでいます。

ところが、「みどりの戦略」の施策に公共調達は含まれていません。農水省が農薬の多い日本の農産物を海外に輸出できない、という課題意識を持っているという話をしましたが、「みどりの戦略」の一番の問題点は、輸出のための戦略で、国内で有機を増やすための政策になっていないと感じることです。

新宿区の保育園で提供される有機給食

国内で有機を増やすことに成功した事例はありますか?

千葉県のいすみ市では、学校給食のお米を地元の有機農家から調達する目標を作り、4年で100%が有機米になったという成功例があります。普通のお米は60キロ1万3,000円、有機は2万円しますが、この差額は市が出しています。

千葉県で化学農薬や合成肥料を使わずに栽培される田んぼの稲刈り。

いすみ市がうまくいったことで、同県の木更津市にも取り組みが広がりました。より大きい自治体のため、4年ではなく6年計画として条例を作り、市長の任期が終わっても続けられるようにしました。

新宿区の保育園の有機給食

そもそも、関東地方でどれくらい食料自給率があるか、考えてみましょう。カロリーベースで、東京は1%、神奈川は2%、埼玉は10%、千葉は12~13%です [5]。関東地域で有機農家を増やしていくことは大事だと思います。

東京の場合、農地が十分にないので、田んぼがある自治体と産直提携をする必要があります。東京の子どもたちが、学校給食の提携先の田んぼに遊びに行ったり、その地域の農村を守ることができたりと、良い効果が生まれるでしょう。学校で買うようになると家庭が変わり、家庭が変わるとスーパーも変わり、地域が変わります。学校給食はそのきっかけになります。

タイで生態系農業の農園を訪れる子どもたち

野菜から始めるのは大変なので、お米から始めるのはいい方法です。野菜は旬のものなので、保管しておけませんが、お米だったら1年間ずっと供給できます。

お米を有機にすることができたら、併せて小麦も有機に変えていくことが大切です。日本では、パン、パスタ、うどんなど小麦食が増えています。しかし、小麦の80%は輸入で、アメリカやカナダから輸入される小麦は、ほぼ100%でグリホサートが検出されると言われます。輸入から地域の小麦に切り替えていくためには、製粉所を地域に作る政策が必要です。
今の小麦は、アメリカから大きなロットで輸入して製粉する大製粉所の仕組みになっていて、小さなロットでできる製粉所が地域にはほとんどありません。

私たち一人ひとりにできることはありますか?

地域の生態系を蘇らせる上で重要なのは、野草を育てることです。庭やベランダなどの空間に土を用意しておくと、勝手にタネが飛んできて野草が生えてくることがあります。そんな方法でも、生態系を守れる環境は作れるのです。

実は、都会の方が農薬が少なく、ミツバチが住みやすいので、都市養蜂をするところも増えています。家庭菜園で食べられる野菜を作るのも良いでしょう。在来種などの種子を増やす活動も都市で十分できます。

有機農産物の公共調達を促すには、地域の議会に働きかけるのが有効です。

学校給食を有機にするのは、市長や市議会議員がやるといえば実施できます。市民には請願権というものがあり、市役所で「学校給食を有機にして下さい」という請願を出すと、議会は検討しなければいけないのです。一人では難しくても、仲間を増やしてやっていく、すると、議員はそうした要求を聞かないと次の選挙で通らない、と思うようになります。
有機給食を進める活動をしている中で、自分自身が議員になったという人もいます。学校給食が難しければ、幼稚園や病院、子ども食堂に働きかけることもできるでしょう。

※以上が印鑰さんの「みどりの食料システム戦略」の解説でした。

食と自然を守り気候変動を抑える生態系農業

有機農業や自然農法などの生態系農業は、 自然と生物多様性を大切にし、古くからの知恵と最先端の農業技術をかけあわせた農法です。 巨大企業を中心とした「工業型農業」ではなく、人々と農家、つまり消費者と生産者を中心におき、コミュニティのつながりを深めます。

直接農業に関わっていなくても、できることはたくさんあります。こんなことから始めてみませんか?

  1. お家で食べるお米を有機に変えてみる
  2. 地産地消の有機野菜を直売所で買ったり農家さんから送ってもらう
  3. ベランダや庭で野菜や草花を育てみる
  4. 都市型農園や養蜂などに参加してみる
  5. 給食や病院の食事で有機食材を使うように市区町村に掛け合ってみる

そして今、農水省は「みどりの食料システム戦略」へ市民や専門家の意見を、パブリックコメントで募集しています。有機農業を25%まで増やすという野心的な目標を支持しつつ、公共調達などで国や自治体が買い上げて有機を後押しするといった、現実的な政策を導入するように、伝えてみませんか?グリーンピースが送ったコメントは、こちらからお読みいただけます。

【参考資料】

[1] 農林水産省 みどりの食料システム戦略(令和3年3月)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/team1-120.pdf

[2] The Organic Produce Network (2021年1月21日)
https://www.organicproducenetwork.com/article/1253/organic-produce-sales-up-14-percent-in-2020-topping-85-billion

[3] FiBL “The World of Organic Agriculture 2020”
https://www.fibl.org/en/shop-en/5011-organic-world-2020.html

[4] 朝日新聞グローブ 「4パーミル」で地球は変えられる 土の力を使った温暖化対策、世界が注目 (2019年5月23日)
https://globe.asahi.com/article/12388872

[5] 農林水産省 都道府県の食料自給率(平成30年度)
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/zikyu_10-9.pdf

印鑰智哉(いんやく・ともや)さん

プロフィール:アジア太平洋資料センター(PARC)、ブラジル社会経済分析研究所(IBASE)、Greenpeace、オルター・トレード・ジャパン政策室室長を経て、現在はフリーの立場で世界の食と農の問題を追う。
ドキュメンタリー映画『遺伝子組み換えルーレット』(2015年)、ドキュメンタリー映画『種子ーみんなのもの?それとも企業の所有物?』(2018年)いずれも日本語版企画・監訳。『抵抗と創造のアマゾン-持続的な開発と民衆の運動』(現代企画室刊、2017年)共著で「アグロエコロジーがアマゾンを救う」を執筆。民間稲作研究所常任理事、メダカのがっこう顧問。ウェブサイト

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