東京地方検察庁(担当検事:野口検事)御中

申入書

我々は自然環境の保護、環境正義の実現を目的として全国で300名を越える弁護士で構成されている団体であるが、1999年3月18日、リチャード・ピアソン、マーク・ワトソン、カースティ・ハミルトンのグリーンピースの活動家3名が違法、不当に逮捕されこと、それに引き続いて国際的環境保護団体グリーンピース・ジャパン事務所などが家宅捜査されたことに抗議すると共に、速やかに右3名を釈放するよう求める。

1999年3月28日
日本環境法律家連盟
代表:弁護士、野呂汎




我々の調査によると、本件では東京ビッグサイトで催された日本玩具国際見本市協会主催の「’99東京おもちゃショー」において、「大好き・おもちゃ、やめよう! 塩ビ」という20m幅の横断幕を掲げたことことから、建造物侵入、業務妨害を理由に前記3名の活動家が逮捕、勾留された。3名は東京ビックサイトの屋上からロープを使い、建物の外を下りて横断幕をたらしたのであが、建物は誰もが自由に出入りできる場所であった。

本件はポリ塩化ビニル(塩ビ)製おもちゃの危険性を訴え、その製造、販売の中止を求めるキャンペーンの一環であった。塩ビ製品については現代社会の様々な分野で利用されているが、製造から使用、廃棄にいたるまでのすべての過程で人体、環境に深刻な影響を及ぼすことが明らかになっている。塩ビ樹脂の原材料である塩ビモノマーはWHO(世界保健機関)などで癌を発生させる危険性ある物質とされている。また、塩ビ製品にはフタル酸エステル類を中心に各種可塑剤(固い高分子物質を柔らかくする)が利用されているが、ポピュラーな可塑剤の一つであるDOPには発ガン性、催奇形性、生殖毒性が認められている。この可塑剤については塩ビ製品より溶け出して食品を汚染する等の問題が国内外で報告されている。さらに、塩ビの廃棄・処分の過程では塩化水素の発生するほか、人類が生み出した最悪の毒物と言われているダイオキシンが発生することで、その焼却処分問題は今日最も深刻な社会問題の一つとなっている。

塩ビ製品はその危険性ゆえに製造・販売の中止、代替化の努力が国際的に進められており、グリーンピースのみならず多くの環境保護団体、消費者保護団体があらゆる機会をとらえて訴えているところである。とりわけ、子供の成長に深くかかわるおもちゃに塩ビ製品への利用は早急に中止されなければならないことがらなのである。本件3名の活動家の行動はこうした国内外で展開されている環境保護、とりわけ子供の安全な環境を守るキャンペーンの一つであった。彼らは「大好き・おもちゃ、やめよう! 塩ビ」と塩ビを利用したおもちゃの危険性を訴えたことは明らかである。本件会場は「’99おもちゃショー」であり、様々なおもちゃを見て、おもちゃをめぐって参加した一般市民が論評する場であった。そのような場において危険な商品に言及したり、おもちゃに適さない材料を指摘することは正当な行動と言わなければならない。

現代社会は多くの情報が飛び交い、情報伝達手段も様々存在する。そのような社会にあって、多くの環境保護団体が表現手段に様々な創意工夫をこらしている。工夫された表現手段により、一般市民が問題点に注目し、市民は真実を知る機会を得る。工夫された表現により情報が流通する社会は表現の自由を保障した日本国憲法が求める社会であると言わなければならない。表現の自由を保障した日本国憲法下において国家や、行政がこうした表現行動に介入することは抑制的でなければならないし、まして、敵視し弾圧することがあってはならないことである。グリーンピースは非暴力の原則のもと、工夫された表現行動により多くの成果を上げてきた団体である。今回の行動も非暴力的表現行動の一つであると考えれ、憲法の精神から言えば、警察は抑制的に行動すべきであった。

もとより、表現行動ではあっても他の権利を侵害することは許されないし、警察的な取り締まりの対象となることもあろう。しかし、3名の活動家が表現しようとした内容はおもちゃに塩ビを使うのを止めようというものであるから正当なものであり、おもちゃショーの趣旨から言って排除すべき理由はない。行動の目的は正当である上、彼らは誰もが自由に出入りできる建物屋上から、外に向けて建物外壁を出たに過ぎないのであるから建造物侵入の構成要件を満たすものとは考えられない。また、業務妨害とすることについても、塩ビを利用した製品の売上げの低下があるかもしれないということ以外にいかなる効果も抽象的にも具体的にも予想されない。実際、関係資料によると玩具協会は本件で刑事告訴してはいない。本件は通常の取り締まり現場であっても不当、違法な逮捕であると言えるし、まして表現の自由の価値を考えれば疑わしきを逮捕する警察の姿勢は誤りであると言わざる得ない。3名の活動家の人権を尊重し、3名の釈放を直ちに実施すべきである。

今回の事件については、警察は逮捕に続いて、グリーンピース・ジャパン東京事務所及び事務局長宅の家宅捜査を実施した。不当逮捕に続く、今回の大規模な捜査は異常なことであり、今回の警察の行動はグリーンピースという団体そのものを危険視し、その活動を故意に干渉しようとするものとの疑念を払拭できない。加えて、警察の今回の行動は、日本の政府が環境問題に対する理解が低いことや、活動中にある他の環境NGOに対し、自由して活力ある行動を大きく制約するものとなること、加えて、わが国の人権の保障状況の低さを国内外に示す結果となり、わが国の国際的な信用を失墜させるものであることから、我々は今回の事件を断じて看過することはできない。

以上から、担当検察官には直ちに3名の活動家を釈放され、今回の行き過ぎた警察の行動を是正するよう申し入れる次第である。

以上


【連絡先】
名古屋市中区大須4丁目16番16号 第二記念橋ビル303号
Tel. 052-238-1457 Fax. 052-249-3908
事務局長:弁護士、籠橋隆明