1)総排出量目標と一人あたりの排出量目標のどちらかを選択する方式について

この方式の根本的な問題は、結果的に先進国及び地球全体の排出量の削減につながらない可能性があることである。言い替えれば、総量の削減を達成できる保障がないことである。

まず、一人あたりの目標値の設定では、人口が増加すれば二酸化炭素の総排出量は増加する可能性がある。気候変動の抑制のためには、日本政府が前文で明記しているように、先進国では人口にかかわらず総排出量を下げなければならない。
長期的には、勿論、世界中のすべての人の一人あたりの排出量が同様になるような目標設定を目指すべきである。しかし、先進国のための一人あたりの排出目標は、実際には排出削減を回避する目的で提案されることが多い。日本の場合は明らかにこの例である。

この点からも、一人あたりの目標を導入した場合、将来中国やインドのような大途上国が規制に参加する際、日本政府としては公平性のある数値の設定をどのように決定するつもりなのか疑問である。
このアプローチが途上国の参加を促し、公平性を期することを目的とするものであるならば、途上国用の数値が先進国の一人あたりの数値と同じにならなければならないはずで、日本政府はその点をどう考えているのか。

日本案の総量目標は、何%の削減なのかを提案していない。 安全なレベルでの気候変動の抑制を達成するために、日本政府はどのくらいの短・中期的削減が必要だと思っているのかが全く提示されていない。

2)国内の意見の食い違いの反映

本日、12月9日からジュネーブで開催される議定書交渉会議(AGBM5)で、日本提案は、COP3の議長国のリーダーシップとしてではなく、国内の省庁間の意見の食い違いの単なる延長としてしか見られないだろう。

3)短期的な目標年および目標値が明記されていない

日本案は、ベルリンマンデイトに記載されている2005年、2010年といった短・中期的な目標年を特定していない。短期的な目標設定が合意されない場合、本来なら早期にとることが可能な削減のための対策・措置が先延ばしになり、その結果、ある期間排出量の急速な増加をゆるし、気候変動のスピードを速める危険性がある。
短期的な目標設定は科学的にも重要なことである。

* 将来世代に大幅で急な削減による経済コストを課すことなく、また途上国に経済発展の余地を残しながら危険な気候変動のレベルを回避するには、先進国による2005年、2010年といった短・中期の削減目標の設定がまず必要である。

4)二酸化炭素以外の温室効果ガスの扱いについて

日本提案では、メタン、亜酸化窒素、HFC類などの温室効果ガスの産業起源からの排出抑制・削減を先延ばししている。これらのガスの産業起源からの排出については十分な知見が得られており、少なくとも二酸化炭素と同様の目標設定が可能である。
特にHFC類の場合は全廃の目標設定をすべきである。たとえば、デンマークの環境大臣は9月6日、政府主催の「自然冷媒会議」において、HFC類を10年以内に全廃する意志を公式に発表している。

5)政策・措置に関する指標についての努力目標の設定について

いわゆる「努力目標」の設定は、議定書交渉において最も重要な排出目標設定の問題から注意を逸らしかねない。しかも、政策・措置をリストアップし努力目標を設定することでは必ずしも排出削減につながらない可能性がある。

政策・措置に関しては、法的拘束力のある削減目標を達成するために合意と国際的な調整が必要とされる政策・措置のみを交渉の対象とすることが妥当であろう。(船および飛行機の燃料への課税、エネルギー効率の基準化、再生可能エネルギーの導入拡大率など)
こうした合意が最も必要な政策・措置には拘束力をもたせるべきである。

政策・措置のレビューは、あくまでもそれによってどのくらいの排出削減が達成されたかどうかに関して行われるべきである。

6)前文で「排出の全体的な著しい削減」が必要であることを日本政府があらためて認知したことは評価できる。しかし…

しかし、一方でこれは7月の「ジュネーブ宣言」(COP2閣僚宣言)にもすでに明記されており、それ以上のものではない。また、日本が条約の「約束」である排出の安定化のためにさらなる努力がなされるべきであることを明記したことは評価できる。
1997年4月15日締切の、第2回国別報告書の提出が締約国の義務として定められているが、日本政府はその報告書に、日本の排出量の伸びを止め、安定化の達成を担保する追加的な対策・措置を盛り込むべきである。

7)日本の議定書案には気候変動を安全なレベルに抑えるために必要な究極的な目標が全く設定されていない。

たとえば、欧州連合(EU)は排出削減の指針として、気温上昇の最大値が産業革命前より2度を越えてはならないとしている。(1990年6月:EU Environment Council)
実際にはEUの最大値そのものも、「それを越えると生態系に深刻な打撃を与える危険性と、非線形的な反応が起きる危険性が急速に増すと考えられる上限」にあたるため、安全とはいえない。
国連環境計画(UNEP)の「温室効果ガスに関する諮問グループ」は1990年に以下の報告を行っている。
「1度を越える気温上昇は、生態系への大規模な破壊につながりかねない。急速で、予測できない、非線形的な反応を引き出してしまう可能性がある」


* IPCC第2評価報告書は以下の二点を指摘している。

気候変動のスピードは、その規模とともに気候変動が生態系へもたらす影響(の規模など)を左右する決定要因であること。

排出量の増加が急速であればあるほど気候はより急速に変化すると予測される。(IPCC総合報告書、1995) 削減を遅らせることによって正のフィードバックの危険性が増し、陸上生物相から大量の炭素の放出がおこり予測を超える急速な変化がおきる可能性が増大する。