[Next100 PROJECT – NEXT 100 Voice vol.5]
「NEXT 100 Voice」では、グリーンピース・ジャパンの事務局長サム・アネスリーが、様々な分野で活躍する方々と語り合い、「100年後の理想の未来はどんな姿なのか」、「今の取り組みがどのように100年後の未来につながっていくのか」について紐解きます。第5回目のゲストは、スキーハーフパイプのオリンピアンであり、現在はプロスキーヤーとして様々な活動をしている小野塚彩那さん。競技への挑戦だけではなく、気候変動やジェンダーなどの社会課題についても積極的に情報発信・行動する彼女に、現在の取り組みなどについて伺いました。
© Chiaki Oshima

「スキー競技」と「地元での暮らし」を通して感じる地球環境の変化

サム 小野塚さんは、ソチ五輪の銅メダリストとして誰もが知る日本のトップアスリート。今回の対談を快く受けてくださって光栄です。プロのアスリートとしてスキーを極める一方で、気候変動の問題にも関心が高く、さまざまなアクションを起こしていらっしゃいますよね。地球環境のために、実際に行動を起こそうと思ったきっかけは、何だったのでしょう?

小野塚 私の場合、自分のフィールドが自然と直結しているんです。雪が降らないと仕事にならない。気候変動問題は死活問題なんです。とくにコロナ禍になってからのここ数年、日本にいても気象状況がとても極端になっているのを実感します。私が暮らす新潟県南魚沼市では、これまで1月に雨が降るなんてあり得ませんでした。でも今は、1月に雪ではなく、雨が降る。その上にどか雪が降ると、大きな雪崩が起きやすくなるんです。そうした現象が頻繁に起きていて、 年々、滑るコンディションを見極めるのが難しくなっています。

サム 競技を通して、気候変動の影響を実感していらっしゃるんですね。

小野塚 標高8000メートル級のネパールのマナスル山でも、今年は頻繁に雪崩が起きています。それこそ、アメリカのスキー登山家、ヒラリー・ネルソンさんが、今年マナスル山の雪崩に巻き込まれてお亡くなりになりました。彼女はアスリートであり、2人の子どものお母さん。まったく会ったことも喋ったこともないのに、私は彼女にすごくインスパイアされていたんです。だから、彼女が亡くなった背景には気候変動の影響があったかもしれないと思うと、本当にショッキングでした。

サム それはショッキングでしたね。私も登山やダイビングが趣味で、ダイビングを通じて、海の環境の変化を自分の目で見ることもありました。競技以外でも、気候変動の影響を実感することはありますか?

小野塚 あります。地元の南魚沼市は、雪を観光資源にしている地域でもあり、「雪ありきの生活」が大前提です。雪を害にしか感じていない人もいますが、実際に雪が降らなくなったら困る人たちがたくさんいるのです。雪が降らずに水不足になれば、美味しいお米も作れませんしね。私の実家も農家なので、水不足は生活に直結します。

実は、南魚沼市は、ふるさと納税による返礼品のお米の部門で、全国でもトップレベルの寄付額を誇るんです。でも、それって雪のおかげですよね。農家の人たちは「水が足りない」と言うけれど、「そもそも水が足りないのはなぜ?」「じゃあ、どうしたらいいの?」といった本質的なことを考えて、行動していく必要があります。

サム 「南魚沼産コシヒカリ」といえば、お米のトップブランドですからね。以前、農家の方にお話を伺ったときに、冬の雪の影響など気候の変化によってこれまでのように作物が育たなかったり、同じやり方では難しくなってきているとお聞きしました。また、化学肥料から放出される亜酸化窒素の温室効果は二酸化炭素の300倍とも言われており、小野塚さんのおっしゃるように環境のことや安心安全など「本質的なこと」を考え、行動していけば自然とより良い選択につながっていくと、僕は考えています。

© Chiaki Oshima

「雪ってなんで白いか知ってる?」
相手を引き込みながら気候変動の問題を伝えたい

サム 小野塚さんは、POW(Protect Our Winters Japan)のアンバサダーとして、学校で講演する機会も多いですよね。さまざまな人たちに語りかけて、人々の意識を変えていく上で、意識していることは何かありますか?

小野塚 一人でできることって限られるので、どうすれば周りを巻き込んでいけるか。その意味では、相手を引き込む話をしたいなといつも思っています。「この人の話をもっと聞きたい!」ってなるように。たとえば、幼児や小学生に対しては、話をものすごくかみ砕くようにしています。「今からクイズを出します」「雪ってなんで白いか知ってる?」「雪ってどうして降るか知ってる?」「冬眠しない動物って知ってる?」というように、ゲーム感覚で話しかけることが多いです。最終的に、「どうしてそんな話をするのか?」というところにつなげてあげれば納得感も違うので、子どもたちの目がすごくキラキラしてくるんです。

サム 対話型なんですね!

小野塚 もう話しかけちゃいますね。中高生に向けた講演会では、私のキャリアの話が中心になります。でも、自分のフィールドである「自然」「雪」といった話から、おのずと環境問題につながる話をよくするんです。今度、中高生に向けた地元の講演会があるので、そのときは11月にエジプトで開かれたCOP27で、日本の首相が「本日の化石賞※」を受賞した話を織り交ぜようかな。たとえば「COPって知ってる?」という話から入って、「化石賞って知ってる?」「日本は今、気候変動対策で世界と真逆の方向に動いているんだよ」「私たち一人ひとりが声を上げて止めるべきだよね」といった話をしていく。なぜ、日本の首相が「本日の化石賞」を取ったのかというところまで説明すれば、それほどシリアスにはならないし、子どもたちは時代の最先端が大好きだから、きっと最後まで興味を持って聞いてくれると思うんです。

サム 気候変動の問題はなかなか重い話だからこそ、子どもに限らずそうした工夫は大事ですね。暗い話ばかりだと、「よし、頑張っていこう」という気持ちにはなかなかなりませんから。私たちも企業や政府に対して提言するとき、問題提起だけをするのではなく、「じゃあどうしたらいいのか」という話とセットで伝えていくことを心がけています。

*国際的な環境NGO「気候行動ネットワーク(CAN)」が、気候変動対策に最も後ろ向きな国に対して、皮肉を込めて贈る不名誉な賞のこと

© Chiaki Oshima

自分なりに「声を上げる」ことがまず大事

サム 気候変動の問題に対しては、2つのレベルでアプローチすることが重要だと考えています。一つは、個人レベルで一人ひとりができることをコツコツとやっていく。ただ、それだけでは地球の温暖化は食い止めることができません。ですから、企業や政府レベルでも行動していけるように、声を上げて働きかけていく。この両輪が大切です。

行政に働きかけようと言うと、「なかなか動いてくれない」といった声もよく聞きます。でも実は、地方の行政だと意外と動いてくれたりする。これは、まさにここ数年間でグリーンピースが得た気づきです。グリーンピースでは「ゼロエミッション東京を実現する会」を立ち上げ、今まで1000人以上が参加し、全国各地での市民の働きかけが自治体のゼロカーボンシティ宣言につながっています。

また、2022年11月に開催された国連気候変動会議(COP27)には、グリーンピース・ジャパンからもスタッフがオブザーバーとして参加し、各国政府へのアドバイスや提言を行いました。こうした国際交渉の最前線に立って、ゼロ炭素社会実現のために、各国政府や参加している企業などのアクターに働きかけを行なっています。

小野塚 実は、私も今、そういうことを少し考えているんです。長野県の「白馬八方尾根スキー場」では、今、 再生可能エネルギーを72%以上使ってリフトや降雪機を動かしています*。そこは運営会社が100%自分たちで資金をまかなっていて、すべてのスキー場が真似できるわけではありません。でも、たとえば南魚沼市に働きかけて、市内に10カ所あるスキー場のリフトを、再生可能エネルギーで動かせるよう補助金の予算を組んでもらうことができれば、街としての価値がすごく上がると思うんです。今はまだ勝手な妄想ですが、そういうことができればいいなって。
*https://www.happo-one.jp/news/25996/


サム 新潟県や南魚沼市も、小野塚さんが声を上げれば、きっと耳を傾けてくれると思います。再生可能エネルギーの利用を増やすことで、エネルギー自給率を高め、化石燃料の時代を終わらせることができますよね。

小野塚 声を上げることがまず大切だなって思うんです。たとえば、うちの2歳の息子が通う保育園では、子どもの汚れた服を入れる袋に、だいたいみなさん食品を入れるポリ袋を使っているようです。でもうちは、山に持っていくドライバッグ*を持たせています。入園してもう1年以上経つのに、50枚くらい入った1箱をまだ一度も使い切っていません。その保育園は全国に130校あるので、「園児全員がドライバッグに変えるだけで、すごいインパクトですよね」と園長先生に話したら、 「それ、理事長にも話します」と言ってくれて。実は今度、理事長に会って提案することになったんです。ちょっとした思いつきを、とりあえず言っておく。これって実は、ポジティブなエネルギーになっていくきっかけになるんじゃないかな。

サム 大事ですね。自分の持ち場で、自分の目線で、自分のできることをやっていく。それを自分なりに伝えていく。そういう声の上げ方がとても大事だと思うんです。グリーンピースも、市民が声を上げられる根拠となる数字や情報を提供したり、みんなが声を上げるプラットフォームを用意したりするなど、NGOとしての役割を担ってきます。

小野塚 そうですね。一方で、企業や政府といった大きな組織を動かしていくときには、私たち一人ひとりが声を上げつつ、グリーンピースさんのようなNGO団体にもっと発信していってもらいたいです。グリーンピースという団体が声を上げると、やっぱり説得力が違いますから。

サム ありがとうございます。グリーンピースをはじめ、NGO団体は市民社会の代表です。小野塚さんからのご期待も踏まえて、これからもっともっと、市民の方々と協力しながら動いていくつもりです。
*ドライバッグ:耐水性に優れた防水機能付きバッグ

© Ranyo Tanaka

100年後の地球のために、恥ずかしがらずに声を上げよう!

サム 小野塚さんは次世代に、100年後の未来に、どういう地球を思い描いていますか?

小野塚 やっぱり雪を残したいですね。このまま行けば、自分の子どもが70歳、80歳になったとき、雪が降らない地球になっているかもしれない。孫が大人になるころには、水不足が日常で、干ばつや山火事が増えて今住んでいる地域に住めなくなる可能性だってあります。100年後、私は生きていないけれど、今、そうしたことを次の世代に伝えていきたいです。

サム 私にも甥や姪がいます。次世代の人たちが、安心して暮らせる地球を残してあげたいですよね。やはり小野塚さんも、お子さんが生まれたことで、次世代への思いがより強くなったのでしょうか?

小野塚 そうですね。私はスキーで生計を立てているし、天職だと思っています。「おばあちゃん、スキーのハーフパイプでオリンピアンだったんだよ」と言ったとき、孫に「え、何その競技?雪って何?」なんて返される未来は絶対に嫌だなって。

サム たしかに。気候変動の問題は待ったなしの深刻な状況ですが、実は僕、希望を持っているんです。小野塚さんの活動もそうですし、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんの行動がきっかけで始まった「Fridays For Future(未来のための金曜日)※」などにも、とても希望を感じています。未来の世代からはきっと、環境志向の政党なんかも出てくるんじゃないかな。

*気候変動に対する行動の欠如に抗議するため、グレタ・トゥーンベリさんがスウェーデンの国会前に座り込みをしたことをきっかけに始まった世界的なムーブメント

小野塚 それこそ日本にも、グレタさんのような子がいますよね。スノーボード選手の星更沙ちゃん。彼女も、環境問題に危機感を募らせたことがきっかけで、たとえば渋谷でごみ拾いをしたり、16歳にして声を上げていますよね。今では共感の輪が大きくなって、周りをどんどん巻き込んでいます。

サム 勇気をもらえますね。

小野塚 そうなんです。16歳の女の子にできて、35歳にできないことはないんだから、もうちょっと頑張ろう!私自身、そんな気持ちになります。ポジティブなパワーを持つ子どもたちが増えることで、大人たちも「これはまずい」と思ったり、行動し始める人が増えるはず。恥ずかしがらずに、みんなもっと声を上げてほしいですね!大人で言えば、1番身近に選挙がありますし。

サム まさにそう思います。自分の声を誰かに届けるって本当に大事。小野塚さんは有名人なので、もちろんその声には力があります。でも、普通の人だって丁寧に、しっかりと、継続的に自分の声を上げていけば、社会は変わると確信しています。一人ひとりの声に力があるからです。それは、グリーンピースが今まで見てきた事実でもあるんです。

© Chiaki Oshima

対談を終えて
小野塚さんと話していると、一人ひとりにできることがあって、それをやっていけば状況はきっと変わる、ということを改めて感じました。私たちは、気候変動の危機を知った初めての世代であり、気候変動を食い止められる最後の世代でもあります。問題を解決するための技術はもうすでに手に入っています。ただ、動いていないだけ。ことを動かすには政治的意思が必要で、国に政治的意思を持ってもらうためには、私たち一人ひとりが声を上げる必要があります。一人ひとりが丁寧に声を上げていけば、政治が変わる。政治が変われば、企業が変わる。企業が変われば、世界が変わる。そして地球が守られると信じています!

(取材・文:黒川なお)

© Chiaki Oshima

小野塚彩那

2歳からスキーを始める。アルペンスキー、スキー技術選ともにトップ選手として活躍していたが、スキーのハーフパイプが2014年ソチオリンピックで正式種目となるタイミングで競技転向を決意。転向後はアメリカをベースにワールドカップ(以下、W杯)を転戦。2年目にはW杯年間総合ランキング3位、世界選手権3位、W杯最高位2位をマークした。この種目で日本人女性初となるエクストリーム系スポーツの最高峰X-GAMESのインビテーションを獲得。
着々と実績を積み、トップ選手の仲間入りを果たすと、2014年、初めて出場したソチオリンピックでは銅メダルを獲得。2014-15、2015-16の2シーズン続けてW杯の年間総合優勝を達成。2017年の世界選手権では金メダルを獲得し、世界の頂点を極めた。2大会連続出場となった平昌オリンピック(2018年)は5位入賞。現在はフリーライドスキーに転向。日本人女性として初めてワイルドカードを獲得した。

© Chiaki Oshima

聞き手:サム・アネスリー(グリーンピース・ジャパン事務局長) 

イギリス北アイルランド生まれ。17歳の時、高等学校の交換留学で1年間岡⼭県に滞在。その後英ケンブリッジ大学で日本語を専攻し、その間三重県皇學館⼤学で1年間神道学を学ぶ。 大学卒業後、南米やヨーロッパでの教育経験を経て、2007 年に日本へ。以来11年間、NGO「ピースボート」や親を亡くした⼦どもたちを支援する「あしなが育英会」、自殺予防に取り組むNPO「東京英語いのちの電話」の事務局長を経て2018 年12月より現職。趣味は山登り、スキューバダイビング、サイクリングなど自然の中で過ごすこと。好きな場所は南アルプスの甲斐駒ケ岳、八丈島など。

ゼロから分かる気候変動の原因と対策

いま地球で何が起こっているのか? 日本、そして世界各地で起きている干ばつ、森林災害、異常気象は気候変動が今まさに私たちの生活に忍び寄る危機だと警告を鳴らしています。

[Next100 PROJECT – NEXT 100 Voice]
本対談では、グリーンピース・ジャパンが考える100年後の社会のあり方をお伝えしていくのはもちろん、多様な方の声を伺っていきます。私たちと一緒に辿り着くべき’未来への地図’を作り上げる道標となるのは、より良い社会を願う、一人ひとりの強い思いです。

vol.1 水原希子さん インタビュー
vol.2 二階堂ふみさん インタビュー
vol.3 山田英知郎さん インタビュー
vol.4 高橋悠介さん インタビュー
vol.5 小野塚彩那さん インタビュー